緑の中を走る飯田線
2013年04月16日
あずさ21号はゆっくりと八王子駅を出発する。2012年秋深まる晴れた日、信州の山奥にあるお寺に向かった。
15時30分に出てしばらく過ぎトンネルを抜けると山梨に入る。カーブでは右に左に車体を揺らしながらかなりのスピードだろう。飛ぶように過ぎ去る民家や木立の向こうにゆっくり流れる2000m級の山々、その又遠く先にはその威容を誇るかのようにどっしり動かない3000m級の山々が見えてくる。南アルプスだ。隣に座る母が「高い山ね!」と子供のように感嘆の声を上げた。
17時29分岡谷に着く。山奥のお寺に午前中に着くため中継地点として此処に泊まる。駅前で歩いて1分というのは杖をついて歩く88歳の母には最適なところだ。弟と3人で泊まりセルフなので食べ放題の朝食付き12000円は良いホテルではないか。きれいで静かでした。ありがとう岡谷セントラルホテルさん。
翌日も晴れの一日となった。少し早目に駅に入りベンチに座り8時43分発の飯田方面行きの電車を待つ。反対側に松本行きの電車を待つ高校生や大学生が大勢いる。さすが教育県みんなまじめそう。山梨や長野の女性は清楚できりりとした美人が多い。
2両編成の電車に乗り込む。ドアを手で開けるのは地方に来た気分にさせるので嫌ではない。飯田線の各駅停車の旅が始まる。アカシヤの森を抜け見渡す限りの畑の中を走りかなた向こうに平家落人伝説の里を見る。山を登っているのか上り坂を感じる。右は山の背で左はずっと下を川が流れていて、心配性の母が「落ちたら助からんね」と言う。緑の木々の中を走るけなげな飯田線の電車は10時49分、山吹駅に着いた。車掌さんが切符回収に走ってくる。無人駅の多いこの線ではかなりの重労働と思われます。
頼んでいたタクシーで10分程山道を登っていく。標高900mほどの鎌倉時代に開かれたという古いお寺でお経をあげてもらい、少し離れたところにある納骨堂に行くのに山道を下らなければならずそれを案じて車に乗せてもらうことになる。用意してもらっている間、本堂から出てこられた住職は遠くの山並みを指差し「もうすぐあの南アルプスに雪が積もるのが見えますよ」と気さくに話しかけてくれる。昨日のあずさからとは逆方向から見る山々だ。車に乗り込む。住職はこちらを向きお別れのあいさつで深く頭を下げている。母が窓越しに大きく手を振った。そのあまりの無邪気さに運転席の住職の奥さんはおもわず大きな声で笑った。
納骨堂で手を合わせ、呼んであったタクシーに乗り山吹駅に向かう。下り道の向こうには大きな青空とまだ紅葉になる前の緑の山々、これほどまでの大自然の景観はないだろう。赤いりんごや橙色の柿が道の両側の広い園で、冬の訪れが近いことを感じさせるやわらかな日差しを浴びキラキラ輝いている。手を伸ばせば取れそうだ。ちなみに市田柿はこの地が発祥らしい。先程お寺で頂いたりんごもスーパーで売っているのとは比べられないほどおいしい。土地や温度いろいろなものが関係しているのだろう。山吹駅に着きまだ時間が有るので駅のホームのベンチに座り13時27分の電車を待つ。遠くに連なる山々、手前に果樹園や畑が広がっている。電車の近づく音が聞こえくる。ここちよい風が吹いて、ホームの向こうのススキの穂が光って揺れた。
米田正之
